シェル構造のカラーフィルターとクリア層フレームを用いて強度と透過率の両立する、マルチカラー3Dプリンタ向けの透過発光モデリング手法について

導入的な

近年、誰でも容易に扱える3Dプリンタの急速な普及には目を見張る物がある。Bambu Lab社やCreality社のプリンターが普及機として人気を博しており、とくに細かな設定をせずともすぐに印刷ができる時代が到来した。まさに、十数年前の3Dプリンター黎明期に見た夢が実現したといっても過言ではない。

特にBambu Lab社のプリンターは最安の本体が3万円程度からで購入できる上、別売りのフィラメントフィーダーを購入することで最大16色の多色プリントをすることができ、さらに印刷も安定しているので、普及機として絶対的な人気を誇る。

特に多色プリントは、可能性は多色印刷だけにとどまらない。水で溶けるサポート専用フィラメントや、PLA・PETGなどの異種フィラメントを組み合わせ、境界面で剥離させることでサポート面の仕上がり品質を改善し、安価なサポートフィラメントとして扱う印刷などをすることも可能になってきた。全自動フィラメント交換という機能は、まさに無限の可能性を秘めているといっても良いだろう

私はBambu Lab社のプリンターの導入後、主にドールサイズの小物の量産設計・製造・販売に注力してきた。その中でも、特に最近はいわゆる”光り物”に関する要素技術の研究を行ってきた。

とくに、最近販売しているHM-DDV2ILは、従来品のHM-DDV2B1と比較して電源SWを除く外寸が完全に同じであるにもかかわらず、発光することが特徴である

従来品のHM-DDV2B1
HM-DDV2IL

一見すると普通のヘッドホンだが、電源ONで光が透過して点灯する

HM-DDV2IL 点灯状態
使用例

ここで注目したいことは、発光部分のフィラメントは特に半透明などのクリア系フィラメントを使用していないこと、さらに非点灯時は従来品と見た目が変わらないこと、さらに強度も従来品と同等レベルであることである。

カラー部分の光の透過に関しては、光を透過できるだけ樹脂を薄くすれば可能であるが、そうすると薄い分だけ強度が足りなくなってくる。使われ方や商品性を鑑みても、外へ連れ出すことを前提とした商品展開をする以上、強度がないことは許されない。

カラーの部分を分厚くして強度を確保しようとすると、今度は光が減衰する。透過するだけの発光強度を出そうとすれば、発熱や電池持ちの問題が発生する。とくに発熱はPLA樹脂にとって致命的だ。

そこで、私はカラーフィルターとして作用させられるだけの約0.2~0.4ミリ程度の厚みのカラーシェル層をモデル表層にモデリングし、それらの直下の内層をクリアフィラメントのフレームとする構造とした。

クリアフィラメントのフレーム層は透明なので光を透過し、かつその上の極薄のカラーシェル層も光を容易に通過させる。それによって十分な光の透過量と任意の色のカラーフィルターを両立させることに成功した。これに付け加え、光源色とカラーシェル層の色の組み合わせによって、発光面の色の選択性に関して自由度の高い3Dモデリング手法を確立した。

シェル構造のカラーフィルターとクリアフレーム層を組み合わせた、フィルター発光を積極的に活用するモデリング手法をS-FiLM法 (Shell-based Filter Luminescence Modeling)と名付けた。

印刷機材等

使用機材はBambu Lab P1S Combo に 0.2ノズルを取り付け、積層ピッチは0.1としている。

以降の説明はこれを前提とする

S-FiLM法の基本原理

要は任意のカラーフィルター層(だいたい積層ピッチ×2程度の厚み)をモデリングし、それの真下にクリア層を強度維持のフレームとして設置すればいいという話。ただし、クリアフィラメントと言っても完全に透明ではないため、厚すぎても光が減衰する。適切な厚みはドールサイズだとせいぜい2~3mm程度と考える。

原理図

基本原理はこれだけ。これを実現するために、ひたすらモデリングしてください。

どういう具合かといいますと

この見た目のモデルに関して、ピンク色のところを発光させるために

このようにします

ここ単品で5パーツの分割モデルとして設計しています。均一な透過をさせるために、人力スライサーと化してひったすら細かいモデリングをします。

スライサーによる着色を実施すると、内層に意図しないカラー層が発生して意図した色分けができません。
そのため、ASSY状態でインポートして内部オブジェクトに対して色指定することで任意の色分けが可能となります。

モデルの命名センスは皆無である。

他には

これは7パーツで実現しています

一部パーツはクリアフレーム層無し、シェルを厚めに設定して印刷コスト削減。色とスケールによってはこのようにすることもできます

実際に発光させるとこのようになります。

まだ原理実証段階ですが、LEDをフルカラーとすることで、発光色とカラーフィルターの合成色が目に映るため、微妙な色のニュアンスを自由に変えられることが期待できます。

なお、実際にドール用品として実装・販売するにあたっては極小サイズの基板設計が必要になることは言うまでもありません。
ドールサイズになると、S-FiLM法と併せて電気的な配線・接続・メンテナンス性を考慮した統合的設計が必要とされるため、難易度が高くなります

このように、透過発光において非常に自由度が高いことがS-FiLM法の特徴ですが、当然デメリットがあります。それは、印刷時間の長さとコスト。

単純なフィラメント切り替え時間に加えて、クリアフィラメントは直前のフィラメントとの色混ざりを防ぐため、フィラメントの捨て量が非常に多いです。つまり、クリアフィラメントを大量に消費するため、コスパが悪いです。
1レイヤーあたりの印刷時間も長くなるので、P1Sなどのシングルノズル多色印刷機を使用する場合はZ軸方向に大きい物の印刷に向きません。このサイズで複数部品をまとめて印刷すると、最大で丸3日間の印刷時間が必要になりました。

解決方法としては、Bambu Lab社のデュアルノズル機であるH2Dを使用することです。

スライサーでは、印刷時間を52h弱→39h強 程度まで削減することが可能でした。

P1Sでスライス
H2Dでのスライス。最適設定ではないのはクリアフィラメントの消費を抑えたい意図。

あれ、あんまり変わんねーな…

Z軸を多めにするために印刷スケールを変えてみる。とりあえず1.5倍

P1sでスライス。スケール1.5倍で29時間増大している
H2Dでスライス。スケール1.5倍で印刷時間は22h増大で、Z印刷時間増加はP1Sよりも抑えられている

Z軸方向へモデルが大きくなると、H2Dの方が比較的印刷時間が抑えられていることがわかります。
さらに、フィラメントのフラッシュ量に関してもかなり抑えられているので、大きいモデルを印刷するときには、S-FiLM法とH2Dの組み合わせは非常に有効です。

今後の展望・活用方法など

なぜH2Dとの比較をしたか。それはこの技術に関してはドール用品方面よりも、コスプレ衣装等のより大きいサイズのモデルを印刷することにおいて、その真価を発揮すると思われるからです。

印刷時間等に関しては、実際のところ時間・費用的コストの問題に過ぎません。時間と金をかけて完成するなら、一点物であれば問題はないわけです。

それよりも、S-FiLM法の”カラーシェル構造をもつクリアフレーム”という構造的特徴は、よりスケールが大きいときに効果を発揮するからです。

実際のところ、ドールサイズの小物は非常に小さいです。小さいモデルは、スケール則によってカラーシェルが多少樹脂が肉薄でも強度的に成立します。(外骨格生物が巨大化できない理由と同じです)

たとえば、0.5ミリ厚でクリアフレーム無しのカラーシェルを設計をしたとしても、強度的に成立しますし、光も十分に透過します。これはスケールが小さいからこそ成立します。(実例紹介パートで一部そのモデルがあります)。

同じことを等倍スケールでやろうとすると確実に破綻します。0.4ミリで直径60mm程度の積層造
形した薄膜の樹脂は、指で強めに押せば間違いなく割れてしまうでしょう。光の透過は厚みに依存するので、スケールが3倍になったからといってカラーシェル層を3倍の1.2mmにすると、光の透過量が激減…というよりも、ほぼ透過しないと思われます。

そこでS-FiLM法では、どんなスケールのものでもカラーシェル層を0.2~0.4mmとして、その下に厚み2,3ミリ、あるいはもう少し厚いクリアフレーム層を設けることで、強度と光の透過性を両立することが可能になります。さらに同種の樹脂同士であれば密着性も抜群です。

さらに、スケールが大きくなるメリットとして電装設計が容易になります。

バッテリーは大きくできるし、基板は最悪ユニバーサル基板を切った貼ったでもきるし、汎用の点灯ユニットを仕込むことも比較的容易であると思われます。

昨今のコスプレ衣装制作のトレンドとして3Dプリンタを活用される方が多いように見受けられますので、ぜひS-FiLM法を活用して再現度の高い衣装・小道具制作を行っていただきたいと思います

この記事が誰かの一助になることを願っています。

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